大学留年時に親に報告した話【その5】 そして3留へ・・・

大学生の時に留年したことを親に報告した話、いよいよ最後の3回目の留年(3留)のときのことを書いていきます。

>>>前回(2留)のときはコチラ

2回目の留年(2留)後、カウンセリングに通うようになり、少しずつ研究室(深夜)に行けるようになりました。が、結局あまり研究が進まず、3回目の留年が決まったわけですが・・・

この時の親への報告・話し合いも、1月下旬でした。

このとき、私は相当精神的にやられていましたので、上手く親に説明することが出来ませんでした。

(※ 個人的には相当無理して研究室に行って研究したのに、結局留年が確定してしまって意気消沈していました)

とりあえずは、

・またしても留年が確定した

・学費はもちろん私が払う

・卒業できるまで大学に行きたい

ぐらいのことしかもういえませんでしたね。

親の方も、

・自分の人生なのだから好きにすればいい

・もう少し頑張って欲しい

としか言いませんでした。

そりゃあ、カウンセリングに行って、多少は研究室に行けるようになったとはいえ、深夜に出ていって朝帰ってくるとかでしたし、最初の1年半と比べるとまだまだですからね。

親から見れば、「何やってるんだこいつ」と思われても仕方ないです。「頑張れ」と言われるのも今なら分かります。

が、そのときは、「深夜になんとか研究室に行く事」だけでイッパイイッパイだったのに、更に「頑張れ」なんて言われたものだから非常に落ち込み、泣いてしまいました。

当時、相当情緒不安定でしたから。それぐらい、主に心のほうがズタボロでした。

結局、そのまま大学に行くのがまたしても辛くなり、カウンセリング以外で大学には行けなくなったのですが・・・

結果主義の担当教官が急遽、別の大学に行くことになって事態が好転、卒業+就職ができたという、ミラクルが起こるのです。

>>>詳しくはこのあたりから見るとわかりますね。

まあ、何はともあれ・・・

大学生時代に3回留年したとき+内定取り消しを受けたときの親への報告に関することはこれで終わりです。

基本的に私の親は寛容だったので、報告自体はそれほど辛いものではありませんでした。

当たり前ですが、親の性格や考え方、経済状況によって、かなり変わると思います。

それでも勇気を持って、しっかりと伝えてみてください。そのほうが、親も納得しやすいと思いますよ。